憧れの”的”

最近、テレビで喫煙のシーンが復活しつつある。一時期は、全く皆無と言って良いほど放映されなくなった喫煙シーンだが、どう考えてもおかしいだろうという場面(例えば、過去の喫茶店の場面)当たりから復活している。現在でも、分煙ということで、喫煙室があるところが多くあるのだから、テレビで、全く喫煙している所が写らないのは不自然だろう。
数十年前は、喫煙は格好いい大人の象徴の一つだった。テレビや映画で、人気俳優が、少し煙たげにたばこを吸い、ポイッと吸い殻を投げ捨てて歩き出すみたいなシーンが多く見られた。未成年を含めて、多くの若者が、そんな人気俳優にあこがれて、たばこを吸い出したと思う。
しかし、今や、喫煙率は20%を切り、30%そこそこだそうだ。私は、この30%の中に入っている。もう、40年近い付き合いだ。
先日、主演の男優が、喫煙所でたばこを吸うシーンを、結構な回数写すドラマを見たが、ここまで来たかと思うと同時に、何となく、うざったさを感じた。たばこを吸う私でさえもこうなのだから、最近の若い人は、たばこを吸うことに、全く、憧れのようなものを感じないのだろう。今となってみれば、あの頃、何故あれ程かっこよく見えたのか、良くわからない。
私がたばこを吸い始める動機には、確かに人気俳優の格好良さへの憧れがあったかもしれない。しかし、それよりも、”大人のしぐさ”への憧れであったように思う。たばこを吸う場面で良く思い浮かぶのが、片手にたばこを持ち、もう片方の手に、ロックグラスに入ったウイスキー(これも今やあまり流行らないらしいが)を持つ絵だ。こうすることが、大人になったことの証であったような気がする。
今思えば、全くくだらない、おかしな考えだ。今の、若い人には何故それが、大人への憧れ”の象徴となるのか、全く理解できないだろう。さらに言えば、今の若い人は、”大人への憧れ”などという気持ちも理解できないのかもしれない。早く”大人”になりたいと思わない者にとっては、”大人のしぐさ”など、全く意味を持たない。”大人”になるということが、希望的な光に見えない時代に、人は、何に憧れて歳を重ねていくのだろう。

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